無職・うつ病の日常は「非日常!」

無職?なんとかなるはず(笑)

他人事ではない現実

ロシアによる「ウクライナ侵攻」が開始されて1年が経とうとしている

 

他人事ではない

日本人の多くは「自分たちには関係ない遠くの国の話」と思っているかもしれない

しかし、ウクライナは意外と近い

もちろん地理的には遠い

地球の裏側だ(時差7時間)

国境という観点

日本はロシアの隣だ

海を隔てて国境を接している

北海道の北端、宗谷岬からロシア領樺太までは50キロの距離しかない

ウクライナはロシアの隣国

ということは

ウクライナで連日起こっている戦争は

隣の隣の国で起こっているということになる

こう言われるといきなり身近に感じられる

韓国と北朝鮮が戦争している状態(一応休戦状態だから現在も戦争中だが)と同じなのである

後者がもし本当に戦闘状態になったら

どうなるだろう

連日、パニック状態になるだろう

自衛隊の派兵も大いにありうる

日本の米軍基地から支援部隊が向かうのは確実だ

距離が違うだけで、これだけ温度感が異なる

西ヨーロッパの国々では、このパニック状態が1年近く続いているのだ

ドイツからウクライナは近い

europa-japan.com 

から引用 

考えるだけでおぞましい

防衛力増強のための増税が問題に上がっているが、賛否はあるにしても

今、世界で起こっている現実を受け入れることは我々には必要である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかしい」なら声を上げろ

※私は特定の集団を指しているわけではございません

 

非常に心に響いた言葉がありました

www.70seeds.jp

こちらのブログに出てくる言葉です

ドイツのニーメラーという方が語っていました

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった 私は社会民主主義者ではなかったから
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は労働組合員ではなかったから
そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」

彼はナチスドイツが敗戦した第二次世界大戦後に、後悔と自責の念から我々に警告しています。

ナチス国家社会主義ドイツ労働者党)は第一次大戦に敗北し、屈辱な思いを抱き続けて暮らしていたドイツ国民の中から誕生しました

彼らは貧窮した経済を立て直し、国民に誇りと安定した暮らしを取り戻すことを約束しました

その影で、自らに敵対する組織の者を次々を排除してしていきました

一斉にするのではなく、細かく分けて行いました

このような手法を「分断支配」というらしいです

ニーメラーの言葉は、その恐ろしさと巧妙さを注意しています

自分とは関係のない人たちのことだから

家族にはいないから

友人にはいないから

そう、自分には無関係

だから反対しない

そうしていくうちに気づいたら自分が標的になっているのです

そして、誰も助けてくれませんでした

なぜか?

自分も助けなかったからです

誰も自分を守ってくれない人を救ってはくれません

いかに、「おかしい」・「絶対に間違っている」と思うことに対して、声を上げることが大事かを思い知らされます

学校や職場で起こる「いじめ」も同様です

誰もが正しくないと思っているのに、止められない

自分には関係ないから と

実際は関係があるのに

そこに属している時点で自分も当事者なのです

そのうちあなたが標的にされます

傍観している場合ではないのです

 

勇気を持って声を上げることの大切さを痛感しました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広すぎるのよ・・・

今住んでいる部屋は私には広すぎる!

多分、誰でも広いと感じるだろう

 

3LDK 72㎡

4人家族で丁度良いくらいの大きさだ

そもそも、一人暮らしなので一部屋でも問題ない

とりあえず、リビングは机と洋服ダンス、机を2つ並べている・・・

結局、奥の6畳和室で生きています(笑)

寝床!

1日のほとんどの時間をここで過ごします

この和室には窓が2面あります

そのせいか、朝が猛烈に冷えます(笑)

埼玉の朝は寒いんです!

氷点下5度は普通です(笑)

先月の最初に下がり切った日はびっくりしました

布団を取った瞬間、冷気が身体中に染み渡ってきました(笑)

暖房のリモコンすら届かない・・・

意を決して布団を出ました(笑)

素朴な疑問なんですが、暖房は何度が適温なんでしょうか?

私は19から20度です。

良かったらコメントで教えてください!

 

 

 

あけましておめでとうございます!前編

初詣に行ってきました!

 

行き先は

・・・

靖国神社

でかい!

飯田橋駅から歩いて行きました

あそこらへん、裏の路地に入るといきなり人影がなくなるんですよね(笑)

近くに着いたら人が大勢

めちゃくちゃたくさん参拝者がいました!

初めて行きましたが、広いですね!靖国神社

鳥居が超デカかったです!

それに広い!

無料(10円)で甘酒を頂きました!

甘酒飲んだのいつ以来だ?

なんか思った味と違った・・・

でも美味しかったです!

 

なぜだか警察の方が大勢いました

理由はご想像にお任せします

 

その後、法政大学を横目に神田川を渡り、お腹がすいた!

北海道ラーメンのお店、やっていました。3日なのにありがたい

背脂味噌ラーメン

重かった

胃にも腹にも精神的にも(笑)

 

前編はここまで!

後編お楽しみに

 

 

 

 

 

 

 

2022年総括!

今年もあと数日・・・

そこで、個人的な総括をします

 

 

自分って情けない

以上!

思ったより行動できなかったです

体調が悪い時期が多かったのもありますが、周りの家族や友人がいなければ生きていけないです。

もうちょっと、いや頼りにされるくらいの存在になりたい

来年は、頼られる存在になります!

直感は大事!

新卒で入社した会社は長野県のメーカーでした

一応、営業部隊は東京の中野にあります

 

さて、生粋の埼玉県民である私がなぜ長野県の会社に就職したかをお話しします。

そもそも、私の就活は行き詰まっていました。

4年生の5月まで、内定をどこからもいただいていませんでした。

なので、選んでいる余裕などありませんでした。

ただ、メーカーに就職したいと思っていたので片っ端から四季報(青・緑)に載っている企業を受けていました。

それで、前社を受けただけです。

そして、何とか2次面接までいきました。

面接は長野の本社で行われました。

長野は年に一回行っているので結構知っていました。

意外と栄えていることも(笑)

ただ、会社自体はホームページでしか見ていませんでした。

長野駅からバスで15分

会社の目の前につきました。

最初の印象・・・

でかい!

東京のような高層ビルではありませんが、大きい6階?建ての事務所と無数の工場群

が広がっていました。

端から端移動するのに徒歩で15分はかかります。

入社してから大変でした(笑)

そして、ちょっと古い本部の建屋に入ると人事部の方が応接室まで案内してくれました。

なぜか、ネクタイを直してくれました。

その後は、30分面接して帰りました。

この時、感じてしまったんですよね・・・

「ここで働きたい」

というより

居心地が良い意味で良さそうだと

完全に直感でしたけど(笑)

なので、内定が出たらここに入ろうとこの時には決めていました!

 

結局、退社しましたけど入社したことに後悔はありません。

それだけ素晴らしい時間を過ごさせてもらいましたから

人間の直感ってあてになるんだなと感じた出来事でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は働きたくないんじゃないか・・・

財政状況が厳しい

 

防衛予算増額のために増税をうたう某総理大臣が治める国のことではない

 

私のことである

 

ここ半年、ずっと赤字である

 

もはや家計は火の車どころではない

 

そんな非常にまずい状況なのに財政状況を改善しようとしない自分がいる

全くもって不思議である

行動を全く起こせない

消費行動は起きるというのに

収入行動を起こさない

結局、何とかなっているからかもしれないが、人は追い込まれると動くというのは妄言

なのかもしれない

それとも、まだ本当に追い詰められてないからという考えも出ている

この文章を書いているということはそういうことの裏付けか・・・

 

 

 

 

 

「死」より苦しいこと

それは、生きながらにして苦しむことだ。

死に切れず、生きれず もがき苦しむ

「末期ガン」などはこの状態なのだと想像できる。

 

今、その状態に陥っている。

薬の禁断症状だ。

飲んだ薬が体に適合しない時に起きる。

正気の沙汰ではいられない。

横になるか、食べ続けるか 2択である。

苦しくて苦しくて死にたくなる。

しかし、考える余裕すらない。

ただ、時間が解決してくれることを待つしかない。

いっそ誰かに殺してほしい・・・

この苦しみから逃れられるのならば何でもいい